情報知識学会ニューズレター > No.34 (1995.10.1) > 諸学問の領域を越えた「超」整理法なんてあるのかな? ---あるいは、なぜ自分の机の周りは乱雑なんだろう?---

諸学問の領域を越えた「超」整理法なんてあるのかな? ---あるいは、なぜ自分の机の周りは乱雑なんだろう?---

成城大学 千速敏男

野口悠紀雄氏の『「超」整理法:情報検索と発想の新システム』(中公新書,中央公論社,1993)が80万部を突破したとか。日本中の職場で、よれよれになった茶封筒が机の前に並んでいるのでしょうか。と言いつつ、わたしも、いま、週に何度か通っている職場では茶封筒を使用順に並べていますが、たしかに日々「流れていく」仕事には好都合なようです。

野口氏の主張の一つは、図書館のように分類することをあきらめて、時間の順序に従って資料を並べなさいという点にありますが、このようにきっぱりと提案できるのは、彼が経済学を研究しているからだろうと思いました。経済学では「仕事の内容や問題意識は、流動的で、時間の経過とともに変わる。このため、分類項目を固定できない」( 22ページ)ようです。この本が多くの読者の支持を受けたのは、いまの日本では、同じように「流動的で、時間の経過とともに変わる」仕事をしている人が圧倒的多数を占めているからでしょう。

ところが、本業の西洋美術史研究にこの方式を活用しようとしたとたん、大混乱。あのめったに使わないがとても重要という「神様ファイル」ばかりが異常増殖して、机からはみ出し、書棚からこぼれ……。どうも「ためこんでいく」仕事とは相性が悪いようです。

こうした蓄積型の仕事に関して、野口氏は「個人用の場合にも、『決して捨てないもの』については、別のシステムが適用されてよい」(71ページ)と述べ、「神様ファイルと認定されたものについては、内容分類して図書館方式で保存すること」(51ページ)としています。さらに追い打ちをかけるように、「写真の整理も絶望的である」( 82ページ)とのおことば。……あの、数万コマもある美術作品のスライド写真はどうすれば……どうやら美術史にはこの夢のように楽な整理法は活用できないようです。

とはいえ、わたしは、野口氏はえらいなと思いました。ちゃんと自分が提唱する方法論の限界を確認し、有効範囲を提示するというのは、とても重要だからです。

仕事と方法は密接につながっています。だから、仕事がちがえば方法もちがいます。そして、仕事をすれば、情報がまとわりついてきます。とすれば、「情報処理の方法論」を考察するためには、なぜ自分の机の周りが乱雑なのか、このあたりから考えてみなければ、ならないようにも思いました。(でも、これって、ただわたしが不精なだけなのかもしれませんね)

ニューズレター今号は、いく人かの方々に「身近な」問題を語っていただきました。

最終更新日: 2018-04-27 (金) 11:39:39

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