#title(文体と平仮名の割合 ---川端康成におけるその時代的変遷---)
*文体と平仮名の割合 ---川端康成におけるその時代的変遷--- [#jccceefd]


RIGHT:久留米工業大学 山崎清巳


三島由紀夫は「永遠の旅人―川端康成氏の人と作品」の中で,「たとえば川端さんが名文家であることは正に世評のとおりだが,川端さんがついに文体を持たぬ小説家であるというのは,私の意見である.なぜなら小説家における文体とは,世界解釈の意志であり鍵なのである.混沌と不安に対処して,世界を整理し,区画し,せまい造型の枠内へ持ち込んで来るためには,作家の道具とては文体しかない.フローベルの文体,スタンダールの文体,プルーストの文体,森鴎外の文体,小林秀雄の文体,… …いくらでも挙げられるが,文体とはそういうものである.」と述べている.

ここでいう文体とは,広辞苑の(style)文章の体裁.作者の思想または個性が文章の語句・措辞などに現われている全体の特色,を指すといえよう.

また川端康成は,「文学的自伝」の中で,「私の近作では『抒情歌』を最も愛している.『死体紹介人』や『禽獣』は,出来るだけ,いやらしいものを書いてやれと,いささか意地悪まぎれの作品であって,それを尚美しいと批評されると,情なくなる.」と述べている.

川端が述べている「最も愛している」作品と「いやらしいもの」とには,どのような違いがあるか,それともないのか.

このような作品をコンピュータに入力して分析すると,文体といわれるものの一端でも現れるであろうか.幸い「抒情歌」も「禽獣」も短編である.また前者が1932年,後者が1933年に書かれて,著作時期ならびに作品の長さもあまり変わらないので,比較検討するには好都合である.また作者の好みがこれほど明確に述べられている作品も珍しいのではないか.

入力したデータに対して,平仮名の割合を求める.これはコンピュータのもっとも得意とする指標である.たとえばナイサスライター(マッキントッシュのワープロソフト)でツールメニューから文字数...を選ぶと,文字数,2バイト文字合計,ローマ字,句読点,カタカナ,ひらがな,第一水準漢字,第二水準漢字などの数が出てくる.この二つの作品の平仮名の割合は,「抒情歌」が69\%,「禽獣」が62\%であった.両作品の平仮名の割合の差は,川端康成の好みを表わすのか.

これを確かめるために,川端康成の有名な作品「伊豆の踊子」「雪国」「千羽鶴」「眠れる美女」の平仮名の割合を求める.しかし,これらをすべて入力しなくても,川端康成の作品における平仮名の割合の傾向を求めるだけなら,それぞれの作品で数千字を入力すればいいのではないか.「抒情歌」と「禽獣」の5000字と全体の平仮名の割合を比較すると,「抒情歌」では5000字,全体ともに69%,「禽獣」では5000字,全体ともに62%であった.

有名な4作品での平仮名の割合は,「伊豆の踊子(1925)」が60%,「雪国(1935-47 )」が65%,「千羽鶴(1949-51)」が66%,「眠れる美女(1960-61)」が72%であった.

これで見るかぎり,川端康成は時代を追って,平仮名の割合が増加する傾向にある,といえよう.そしてこれは,すでに1932/33年の「抒情歌」と「禽獣」において好みとして認識していたといっても過言ではなかろう.「文学的自伝」が書かれた1934年には,「『抒情歌』を最も愛している」として,その傾向を認識し,その方向への努力を重ねたのであろう.そしてその努力の結果が三島由紀夫には文体のない作家という風に見えたのではなかろうか.

表1.分析した作品名,平仮名の割合および著作年(ただし,入力文字数は約5000字)

|作品名|伊豆の踊子|抒情歌|禽獣|雪国|千羽鶴|眠れる美女|
|平仮名の割合|60%|69%|62%|65%|66%|72%|
|著作年|1925|1932|1933|1935|1949|1960|


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