情報知識学会ニューズレター > No.35 (1996.12.1) > 絵画の構図分析にコンピュータを使用する

絵画の構図分析にコンピュータを使用する

学習院大学 片桐頼継

1.はじめに:ルネサンス絵画の造形言語

私はルネサンス絵画を研究しており、絵画作品の構図を分析し、画家がどのように絵画空間を構成していったのかを明るみにしたいと思っている。写実絵画を目指したルネサンスの画家たちは、三次元空間を視覚的に再現/表現する一方法である透視図法の開発に取り組んだ。もとより、透視図法を用いただけで芸術的な作品が出来上がるわけではない。やはり画家の芸術的資質が最重要条件である。とはいえ、小説家が確固たる文法や修辞法に基づいて言葉を語るように、画家たちも然るべき造形言語を用いる。当時の画家たちにとって透視図法はいわば文法だったのである。ただし、画家たちは基礎文法に則りながらも、各々独自の語り口で絵を描く。したがって透視図法の適用にも個人差や個性が反映される。そこで私は、透視図法を軸として構図分析を行なうことにより、画家の語り口の特質を探ろうと考えた。その際、コンピュータの画像処理機能を利用するが、具体的にどのような作業によって、どのような問題を扱い、何を見い出そうというのか、その一例を紹介させていただく。

ちなみに、私が使用している機器は Macintosh とスキャナー、ソフトは主に Super Paint である。分析結果のプレゼンテーションには Illrstrator や Photoshop を用いるが、作業の大半は Super Paint による。もとより、準備段階では、やはり紙と鉛筆を用いて作業し、それをスキャナーで取り込んでモニターでシミュレートする。

2.具体例:レオナルド・ダ・ヴィンチ作「三博士礼拝」図の構図分析

例として、レオナルドの「三博士礼拝」図という板絵(1481年、縦243cm、横246cm 、フィレンツェ、ウフィツィ美術館蔵)の構図分析について述べたい。なお、この研究は平成3年10月に美学会全国大会で口頭発表、『武蔵野美術大学研究紀要』(No.22、1991年)で論文発表したものである。

この板絵では、手前に群像が、背景に建造物が描かれている。また、厳密な制作姿勢をモットーとするレオナルドは、板絵の制作過程で、背景の建造物のための素描(縦16.3cm、横29cm、ウフィツィ美術館、素描・版画室蔵)を、然るべき透視図法の手続きに則って用意している。そこで私は、この素描と板絵を見比べながら、レオナルドが素描の段階で構想を練り、それを板絵に導入する過程を追ってみようと考えた。

そうこうするうちに私は、建造物のイメージが、素描と板絵とでは微妙に異なっていることに気づいた。素描でも板絵でも、建造物の基本的なデザインは同じだが、わずかに視点のズレが生じているのである。ではそのズレは何を意味しているのか。

3.視距離:絵画空間を構成する際の基準点

 透視図法を用いる画家は、原則として、対象物と自身の位置関係、すなわち目の前にある建造物を画家がどれくらいの距離から眺めているのかを想定し、それを作図の際の基準にする。これを「視距離」と称する。私は、初見から、板絵に描かれた建造物と素描に表わされた建造物との間に、視距離の相違があると推測した。そしてそれを確認するためにコンピュータでシミュレーションを試みた。

4.作業:画像処理の手続き

(1) 建造物の基本構造を単純な幾何学的形態に還元した略図をつくる。  この建造物には二つの階段がある。顕著な特徴である。そこでその階段を抽出し、踏面と蹴込みを省略した単純なイメージ(スベリ台のような形態)に還元する。この段階では、素描に表わされた階段と板絵中のそれを別々に略図化する。 まず紙と鉛筆で元図を作り、その際に消失点と階段の位置関係のみを扱った線画を作図するが、この作業は慎重に行なわれる。不正確な図を作れば、後続のシミュレーションはすべて誤りもしくはウソになるからである。

(2) (2)上の作業で作られたそれぞれの略図をスキャナーで読み込み、Supre Paint を使用して、同一の透視図法プランの上に乗せ、視距離の相違を検証してみる(図 a)。手前の二つが素描中の階段、奥の二つが板絵中の階段である。この図によって、両者の間で視距離が異なっているのが分かる。つまりレオナルドは、素描の段階では階段をやや近くから眺め、板絵の段階では、素描の場合よりもやや遠くから階段を眺めているのである。

(3) 板絵の写真をスキャナーで読み込み、作業に必要のない細部を消去する(図 b)。 ここでもSuper Paintを使用する。陰影のトーンはつぶれてしまうが、シミュレーションにはこれで十分である。必要なのは構図の枠組みであり、個々のモティーフは省略して作業目的を明確にする。

(4) 図 b が表示されたモニターに図 a を流し込み、縮尺を調整して、階段の略図を板絵の画面に張り付ける(図 c)。  各図を Drawing ツールで入力して安定させ、Paste モードを Transparent にし、a, b いずれかの図をドラッグして他方に重ねる。その際、板絵中の階段の略図を、本来の板絵の背景に描かれた階段の位置と大きさに合致させる。もし板絵の画像と略図が合致しなければ、上記 (1), (2) の段階での作図が不正確だったことになる。その場合は作業を (1) からやり直す。骨の折れる作業だが、それを怠って (4) の段階で適当に画像を修正してつじつまを合わせるのは厳禁である。それは研究においては明らかな不正行為である。シミュレーションよりもプレゼンテーションを優先してはならない。

5.作業結果:シミュレーションから何が読みとれるか

さて、図 c を見ると、画面の前景すなわち聖母子と三博士および周囲の群衆からなるスペースに、手前の二つの階段が割り込んでいるのが分かる。すなわち、素描中の建造物をその設定のまま板絵に導入すると、階段部分が前景の群像のかげに隠れることになる。この建造物は、ローマ帝国の崩壊とキリスト教世界の始まりを象徴する重要な役割を担っており、また、素描の段階でこの建造物が実に入念に練られていることからも、レオナルドはこのモティーフを重要視していたにちがいない。したがって、できれば建造物の全容を板絵に表わすことが望ましかったはずである。

 そこで私が推測するに、草稿を板絵に導入する際にレオナルドは、建造物が隠れないように、もう少しそれを奥の方に後退させるべく、視距離を設定し直したのではないだろうか。もとより、建造物をそのまま適当に縮小して画面に収めても、全体の構図にはさほど支障はなかっただろう。だが、それでは前景と後景の空間に歪みが生じる。やはり絵画空間を厳密に規定しようという彼の姿勢が妥協を許さなかったのではないだろうか。 結び

これまで、この板絵とその背景素描の関係が深く論じられることはなかった。建造物のデザインの類似から、素描と板絵の帰属関係はすでに明らかであり、もはやそれから先の問題が扱われることがなかったのである。だが、板絵と素描の関係を視覚的に再検討することで、両者の間に、制作過程というコンテクストが生まれ、そこから、制作途上でレオナルドが何を考え、いかに問題を解決していったかというダイナミックな分析が始まる。

コンピュータの使用はこうした分析作業に適している。入力する材料を準備する段階は手作業だが、異なる画像を同一の視覚空間で重ね合わせるといったシミュレーションではコンピュータが威力を発揮し、データを保存して何度でも速やかに試行錯誤を繰り返すことができる。こうした作業を手仕事で行なう状況を想像すると気が遠くなる。研究者が繁雑な作業から解放されて自由な発想の機会を得る上で、コンピュータが一助となっていると実感する。

上記の作業に基づいて私が提示した解釈は所詮一つの仮説にすぎない。が、芸術学の分野に唯一絶対の正解はない。むしろ新たな視点とアプローチを開拓することに意義がある。またコンピュータが自動的にそれを可能にしてくれることはないし、コンピュータに任せておけばおのずと何らかの解釈が出てくるわけでもない。やはりあくまで研究者が主体性をもって研究にあたらなければならない。

最終更新日: 2018-04-27 (金) 11:45:28

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