情報知識学会ニューズレター > No.42 (1997.2.1) > 通信利用と「文系」感覚−大学教員・学生および文書館周辺から−

通信利用と「文系」感覚−大学教員・学生および文書館周辺から−

武蔵大学 毛塚 万里

1.ある"先入観"

A:
 私、国立の人文系研究機関の非常勤職員なんですが、今年度、母校の日本文化学科の学生相手の授業を頼まれたんです。それで最初の授業時、1年から4年までの出席者40名弱に、通信経験を尋ねてみました。そうしたら、電子メール利用経験者は9名、電子メールは未経験でワープロ・パソコン経験者は26名。どちらも全然ない学生は1年生3名だけでした。その中で一番強い印象が「いまはやりのインターネットや電子メールに興味はとても持っているのですが、学科が学科なので、大学に施設はあっても利用できずに、ちょっと残念に思っていたので……」という2年の女子学生の感想です。この「学科が学科なので……」っていう部分、すごくインパクトがありました。

C:
 "文系=コンピュータと無縁"という先入観を、現役の学生が持っているんですね。

A:
 ええ。"象牙の塔"に染まった古参教授陣だけではないんです。学籍番号と兼用するメールアドレスが自動付与になって2年経つし、中学時代からワープロやコンピュータゲームと親しんだ世代なんですが。一般企業のみならず、博物館等の現場でも、文化庁の全国文化財情報システムプロジェクトとか、館蔵史料のデータベース化とか、ホームページを窓口にしたオンラインデータベースの提供サービスとか、目録作成に市販のデータベースソフトを利用するとか、組織の大小を問わず、現場ではパソコンや通信の利用がとても身近になっています。だから「今は企業の求人もインターネットを利用する時代。サポートつきで無料の学内施設を利用しない手はない」とか、「電子メールを使えない"お荷物上司"候補にならないように」とか話して煽っています。学生は潜在的に関心があるので、"楽しめて実益になるオモチャ"感覚と、単位のために必死に取り組む効果で、半年ぐらいで何とか通信初級者に成長するから逞しいです。

C:
 "サポーター完備の恵まれた環境"って、外部の人だから意識できる点ですよね。機関によっては、非常勤職員はメールアドレスの申請さえ出来ないそうですから。

A:
 そうなんです。私、仕事の関係で、自治体の文書館とか編纂室の人と接する機会が多いんですが、そういった職場で通信利用が公認されているところは、まだ1館も無いと聞いています。図書館や博物館・美術館では増えているようですけどね。だから通信環境は自前で用意して、自力でサポーターも探して、という人も多いはずです。"ストレスなく自由・快適にネットワーク接続できる人"って、まだまだ特権階級だと感じます。

C:
 授業への電子メール利用の導入って、どんな点がねらいなんですか?

A:
 電子メールを利用する際の最低限の知識を習得させることです。たとえばNIFTY-Serveのopenなフォーラム会議室や利用者限定のclosedなホームパーティ/パティオの利用にしろ、インターネットのメーリングリストにしろ、電子メールの基礎知識が不可欠ですから。出講先では、非常勤講師でもメールアドレスをもらえます。でも、インターネット経由で学外者とのメール授受を体験させたくて、学内LANから、学外のNIFTY- Serveの私のメールアドレス宛に、電子メールで30行前後のミニレポートを送信させる趣向にしました。とにかく使わせる・体験させるという意識に基づいて、

という3通分の課題を準備しました。送信者は50名程度なんですが、署名忘れ、コア項目漏れ、文末の不要長文空白行などがけっこうあります。注意事項は、一人ずつの対応になるので、初回は個別にコメントを付けての即日回答がけっこう大変でした。あとは送信失敗とか、文字化けとか、うまくいかなかった場合は、とにかく原因を究明するよう助言しました。そうしないと、また同じ失敗を繰り返しますから。

B:
 それを「日本史講義」というワクでやっているんですよね。

A:
 ええ、授業と関連させるテーマ設定がたいへんでした。パソコン実習のサポートを依頼した情報センターの方にも「珍しいですね」と最初に言われました。

B:
 私、ある私大の理学部で助手をしていますけど、理系も千差万別で、その学部や学科のカラーによって、そういう試みを実践する先生が少数派という場合もあるようです。純粋数学とか純粋物理の方には、電子メールを利用しない人、結構いるそうですから。

A:
 えっ、そうなんですか、意外ですね。でも思い当たることもあります。メーリングリストの投稿で、subjectに日本語を無意識に使ってしまい、注意される"新入生"の中に、理系の学生が含まれていたのを目撃してますから。

B:
 「情報」を冠する理系の学科でも、たとえば純粋理学が主流の理学部だと、情報系の方が少数派で、コンピュータリテラシとか今一つ、という場合もあります。そんな学科と比べると、インターネット利用という点では、ひょっとすると文系の方が進んでいる面もあるかもしれませんね。自分の大学周辺の状況しか判らないので恐縮なんですが。

A:
 そんなことはないと思います。「理系に追い付け」みたいな意識を感じますから。文系では国文学が一番先進かな。国の方針や、海外各国の日本研究者からの要望、研究者の裾野がひろくてニーズがあるという背景に支えられて、インターネット利用の情報提供には意欲的です。文部省の国文学研究資料館では、毎年大学院生対象のセミナーを開催するんですが、その講義をまとめたシリーズに『文科系のための情報検索入門−パソコンで「漱石」にたどりつく−』なんて本も、1995年夏に刊行されていますしね。

2.支援体制をめぐって

A:
 1993年に『人文学と情報処理』が勉誠社から創刊され、インターネットの活用という特集が1995年に組まれたりしています。国文学では、電子情報の利用が着々と進行しています。でも、そんな世間の動向や通信利用の基礎を学ばせる側の体制は、大学によってまちまちだと思います。個人的に10年程前からパソコンに興味を持つ教員が、独力で学生を巻き込んでいくとか、あるいは無理矢理引っ張り出されて担当させられる場合もあるとか、聞いたことがあります。

B:
 私の勤務先でも基本的には同じような感じですね。「無理矢理引っ張り出されて……」ってパターン、私ですね(笑)。やはりどこにでもあるんですね。

C:
 組織的なサポートが無くて、教員個人の自主性に一任されている状況だと、どうしても限界がありますよね。ハードもソフトも短命な周期だし、多様化の一途だし。

A:
 私も最初、学生の面倒を全部自分でみるのかもと不安でした。学生用マシンの機種や通信ソフトも未知で、情報センターの担当者へ質問に行くまで、授業への支援体制があることさえも知りませんでしたから。通信利用に対する教員や学生へのサポート体制って、情報系を売り物にする新設大学のほうが進んでいるんですか?

B:
 新設大学も恐らくマチマチです。最初から情報ネットワークとかを売り物にして創立した大学なら、そんなことはないと思いますが。私の勤務先、1980年代後半にできた新設校ですけど、創設時にはインターネットなんて眼中になくて、ブーム到来とともに慌ててシステムをそろえたようなものだし。それに、そういうことをきちんと教えられる教員も、比較的若手のごく一部だけです。それも専門ではないから、分野外を自分で勉強して、です。紙とエンピツ派の先生に実権があるうちは、事態の改善は難しいみたいですね。

A:
 歴史関係でも、通信利用やコンピュータの話題についていける若手は小数限定です。その"ご指名"が集中する当事者の方から、「最近、本来の専門分野と疎遠なことばかりしています」というような声を耳にすることがあります。あと、埋蔵文化財関係の方は状況がまた違うと思いますけど。"紙様派"については、今から勉強しろと強制しないから、お願いだから後身に続く者の邪魔だけはしないでと内心で祈るしかないですね。

C:
 旧態依然の"指導教授好み"を強制されたら、学生が可哀相ですよね。近年の米国映画を観ていると、電子メール利用はファックス並みに普及しそうな予感がしますから。

A:
 公的機関の文献データベースが既に複数あって、電子テキストとか、コンピュータの研究利用が歴史学よりも積極的なはずの国文学でも、研究支援ツールとしてネットワーク利用を認知している人って、まだごく一部のように感じます。出講先を引き合いに出して恐縮なんですが、『授業案内』を見る限り、経済学部ではElectronic Commerceとか通信利用に必要な知識を習得させる授業が開講されていて、他大学に「経営情報学部」が開設されたり、急激に変化しつつある社会状況に対応させる意識を背後に感じます。その一方で同じキャンパス内の人文学部のほうは、十年一日の如く、私の在学当時の色調なんです。「文化情報学部」という学部が登場する時代なんですが。

C:
 商用ネット内のライブラリに登録されたデータとか、ホームページや各種データベース等、インターネット上の情報を利用した場合の参照文献の表記の仕方とか、今後"常識"として必要になりそうだなっていう感覚は、通信利用者でなければ持てないですよね。

B:
 要は教員次第なんでしょうか。意識改革というか、姿勢というか。

A:
 ええ、先生の影響って大きいと思います。私自身のパソコン体験がそうですから。

C:
 学生にとっての一年って大きいですから、担当教員には気の毒だけど、中途半端な立場でストレス感じながらも頑張ってもらうしかないでしょうね。

B:
 ところで、課題の送信のほかは、質問や授業への注文とか、メールで来ましたか?

A:
 多くはないけれどボツボツあります。在学校には課程がない図書館司書資格の修得相談とか、何故授業でインターネットを使うのかという通信上級者からの意見とか。部屋持ち常勤教員と違って、非常勤講師の場合は質問の機会が常時あるわけではないですから、電子メールは学生との有用な対話手段になり得ることを改めて実感しました。

3.通信を利用させる"親心"

C:
 Aさんは、阪神大震災が"通信事始め"なんですよね。

A:
 はい。関西の保存科学関係者が開設したホームパーティで、被災史料の救援活動情報を交換する必要に迫られて、初めてNIFTY-Serveの会員になりました。

C:
 思い立ってすぐ開始ってことは、コンピュータに精通しておられるんですね。

A:
 いえ、それが全然……。DOSのアプリケーションソフトを必要最小限に使うレベルにすぎません。たまたま、家族が仕事で持っていたモデム付パソコンを借りられたのが幸運でした。通信そのものには以前から興味があったんですが。サポーター役が身近にいても、強い動機やきっかけが無いと、なかなか実現が難しいかっこうの見本ですね。

C:
 オンラインサインアップ1つとっても、初心者はものすごく緊張するし、モデム1つの接続でも、"清水の舞台"から飛び降りるぐらいの覚悟といっても決してオーバーではないですからね。

A:
 救援活動関係が一段落してからは勉強の必要に迫られて、個人開設の史料関係のホームパーティに参加しました。その真相は、歴史関係の closedな場として当時そこが唯一の場だったのと、archivesのメーリングリストを紹介する研究会の司会役に指名されたからなんです。通信"若葉マーク"なのに、全国大会の分科会の司会役が来てしまうぐらい、国内の文書館業界では人材払底なんです(笑)。沖縄在住の一面識もない人とのコンビでしたから、おかげで事前準備段階から電子メールのメリットを堪能した研究会となりました。その後は、仕事関係のホームパーティを開設したり、フォーラ内の仕事関係の会議室を時々覗いたりと、私の通信利用は、もっぱら仕事感覚onlyです。今は趣味のメーリングリストにも参加していますけどね。それでも「継続は力なり」で、"のろまな亀"の私でも、確実に経験が蓄積されていきました。フォーラム利用時の共通注意事項である機種依存文字の使用禁止、1行39行以内での行末改行、引用符や使用禁止記号とか。それからインターネット経由の電子メールサービスの利用の場合の、現状の一般原則とか。著作権のことも含めて、電子メール利用でも、"国際感覚"というか、TPO別の"お作法"の違いがありますよね。

C:
 その辺のことって、フロッピー入稿時の注意点とか、情報の共有化の議論で常に指摘される外字の問題にもつながりますからね。

A:
 学校教育の課程では教えられてこなかったけれど、これからの通信・ネットワーク利用生活を堪能するために、最低限必要な知識−ネチケット−ですね。会員利用を前提にする商用ネット内の情報と、インターネット上の情報とは、取扱い方が違いますよね。でもその意識が希薄なためのトラブルも耳にします。本来closedな場で扱われていた情報を、公刊文献を見せる感覚で第三者に披露してしまったため、多くの人に迷惑が及んでしまったとか。そんな事故って、通信利用に関するサポート体制が未熟なために起こる一種の悲劇かなと。学生に最低限の知識を習得させたいのは、そんな"親心"からなんです。

C:
 平均年齢がちょっと高いと、電子メールでの情報交換推進を目標にした研究会でも、なかなか思うようにメンバーの通信利用が進まないんですよ。全員、ワープロ利用者なので、尋ねてみたら、「タイピングが面倒だ」っていう声がけっこう多かったです。

A:
 言われてみれば、私の場合、基本的に電話が嫌いで、学生時代からキーボードに馴染んでいた"生い立ち"が幸いしているかもしれません。そんな状況や、学生の適応力をみていると、通信利用の"しつけ"って、早ければ早いほうがベターだなと思うんです。そうすれば、ルールを知らないから、フォーラム会議室とかで発言したくても沈黙せざるをえないというハードルは、最初から除去できるのではないでしょうか。

4.NIFTY-Serveのフォーラム会議室とホームパーティ/パティオ利用をめぐって

B:
 フォーラム会議室の利用の低迷とか、発言者が固定的っていうのは、"しつけ"云々とはちょっと違うと思います。詳しい人が多すぎるフォーラム会議室だと、気おくれすることってありませんか? こちらが趣味程度の軽い気分で参加したいのに、とてもじゃないけどついていけない=参加しずらいってこと、経験あります。その点、ホームパーティとかはアットホームな感じで参加しやすそうに思いますけど、実際はどうなんですか。

A:
 一つしか体験がないんですけど、私の場合は、優秀な保父さんたちに恵まれて面倒をみていただいた、という感覚を持ちましたね。 closedのホームパーティから通信利用に入ったのと、根がオクテな性格もあり、不特定多数の人が利用するopenなフォーラム会議室の利用者になる気持ちが整うまで、私は一年半を費やしました。こんなふうに、通信に慣れない人は、だれが参加しているのかわかならい場で発言することに、多かれ少なかれ恐怖感や緊張感みたいなものを共通して持っているようです。

C:
 そのせいなんでしょうか。情報知識学会(PRO)の会議室が盛り上がらないのも。

A:
 基本的には、通信利用者がまだまだ少数派だからだと思います。PROのメンバーでさえも、メールアドレス保有者って会員全体の1割ちょっとなんですよね? 文系の研究者全体まで広げても、商用ネットを含む通信利用者は全体のまだ一部にすぎないだろうし、今後もそれほど増えないと思います。しかも職場でメールアドレスを自動的に割り当てられる"最初からインターネット組"などは、商用ネット内の動向に無関心のまま、電子メールだけ利用する状況に、何の不自由も感じないでしょうから。

C:
 商用ネット内のサイトにも、業務関連の有用な情報がありますよね。所属フリーの人や首都圏以外の人は、必要な情報の入手ってとてもたいへんですから。

A:
 そうですね。自分でも長い沈黙を破るきっかけも、仕事と関わる会議室の開設でしたから。必要な人の元へ情報がうまく流通しない状況の改善とか、日常の問題を話し合う場が欲しい現職者の存在とか、通信利用で解決できる問題は少なくないと思います。それから「文書館」って、国内ではまだ市民権も得られていないマイナーな施設で、正直、まだ紙媒体の記録の保存さえ万全ではないんです。それでも、電子記録の保存に対して危機感を抱いたスタッフの方々の熱意で、歴史フォーラム本館17番会議室「電子文書館準備室」が誕生しました。ちょうど戦後の混乱期に史料散逸の危機感を抱いた人達が、史料保存運動を展開したのと似た状況ですね。そんな外からの期待が寄せられることに対して、ノウハウが無くても、正面から応えて、火が絶えないようにすることも関係者の責務かなと思いました。日本にも文書館関係の団体はありますが、通信経験者も少数ですから、ネットワーク上での情報提供なんて恐らくかなり先でしょう。そんな現状を知らなくても、個人の責任で動ける範囲で、それぞれが、広報や普及活動の手段として、あるいは一緒に相談しあえる場として、通信の場はうまく利用していける可能性を秘めていると思います。

C:
 これは他のフォーラム会議室にも該当しますね。登録制のメーリングリストと違って、基本的にオープンなフォーラム会議室って、未知の会員が思わぬ情報と出会える楽しみも秘めているように思います。

A:
 1995年9月のPROのワークショップ前後の会議室の活用状況を、会員外の私でもリアルタイムに共有し、後日また記録を活用させていただいたようにですね。

5.これからの通信利用者のために

C:
 若い人は、学生時代に通信感覚を身に付けてもらうとして、すでに社会人になっている人達への有効なPRやサポートって、何でしょうね。

A:
 通信って一種の"アングラ活動"ですから、既存のメディアを利用して、目に触れやすい形で広報する努力が必要でしょう。通信利用はよく車の運転に例えられますが、現状はまだ初期のマニュアル車普及期じゃないかな。ナビゲーターとエアバッグ装備のオートマ車の普及までには、かなり時間がかかるかもしれません。しばらくは、運転に慣れてきた人が互いにサポートしあう方法しかないでしょう。最後に、新しいボランティア活動の場となることを申し添えて、通信利用をめぐる"よしなし物語"を終えたいと思います。

最終更新日: 2018-04-27 (金) 11:22:53

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