情報知識学会ニューズレター > No.37 (1996.4.1) > 知識の論理と情報検索

知識の論理と情報検索

新潟国際情報大学 斎藤泰則

1.はじめに

情報検索はN.J. Belkinの変則的な知識状態仮説(1)で指摘されているように、検索者が不足している知識状態に気づき、その不足する知識を得るために起こす行動とみることができる。すなわち、情報検索行動は、検索者がある事柄について知らないということを知っている、という事態のもとで起こるものであり、検索する情報は、その知らない事柄について明らかにするものである。

このように情報検索の研究においては、知識の研究がその基礎を提供することになろう。ところで、知識の性質については、様相論理の一つとして研究されてきており、コンピュータネットワークにおける分散システムの研究やプロトコルの検証など、コンピュータサイエンスや人工知能の問題に応用されている。そこで本稿では、最近出版されたMeyer, J.-J. Ch. and van der Hoek, W. Epistemic Logic for AI and Computer Science(Cambridge Tracts in Theoretical Computer Science ; 41)(2)をもとに知識の論理(epistemic logic)を取り上げ、情報検索への知識の論理の応用可能性について検討する。

2.可能世界と知識の論理

いま、ある学生が教室にいて、教室外の様子は見えないという状況を考えてみよう。彼はいま受けている講義よりも、その後の予定に関心があるため、外の様子(雨が降っているかどうか)が気になっている。「雨が降っている」という命題をrとすれば、彼は外の様子が見えないので、rが成り立つ状況と、¬rが成り立つ状況という、2つの状況(世界)が可能であると考えられる。この場合、彼は外が見えないのだから、雨が降っているかどうかについては知らないことになる。一方、講義が退屈であること(命題b)や、2×2=4(命題m)であることは、いずれの状況においても彼は知っていることになる。なお、命題bはこの学生の世界において成り立つが、命題mはすべての世界において成り立つことに注意する必要がある。

一般に、主張φを知っているということは、その人の知識に基づいて可能であると考えられる世界、すなわち可能世界(possible world)がφを充足する場合にいえることになる。したがって、学生にとって教室の外の様子が見える状況にあれば、彼は命題rについて知っていることになる。このように、ある命題が成り立つことを知っているかどうかは、可能世界の与え方によって決まるのである。

別の例を考えてみよう。いま ジョンが私に嘘をつく(命題p)、ジョンが私に嘘をつくならば彼の心臓はドキドキする(p→q)、ジョンの心臓がドキドキするならば彼は私に嘘をついていることを私は知っている:K(q→p)が成り立つ状況、世界(w)を考える。世界wにおいて、私はqがpを含意することを知っているから、私が可能であると考える唯一の状況は(q→p)が真となる世界である。

(q→p) ⇔ (¬q∨p)であるから、つぎの3つの可能世界w、u、vが得られることになる。

図1

では、K(q→p)が真のとき、Kpが成り立つであろうか。すなわち、ジョンの心臓がドキドキするならば彼は私に嘘をついていることを私が知っている場合に、私はジョンが私に嘘をつくことを知っていることが帰結されるであろうか。Kpが成り立つのは、3つの可能世界のすべてにおいてpが成り立つ場合である。wとuではpが成り立つが、vではpが成り立たないので、Kpは成り立たないことになる。

3. 知識のクリプキ・モデル

これまで述べてきたように、可能世界とは、ある状態におかれた人間が可能であると考える状態である。この可能世界を規定するには、状態の集合を定め、そのなかで到達可能な状態を規定すると共に、各状態において命題の真偽を定めてやればよい。すなわち、次のようなクリプキ・モデルMを与えることになる。

   M =〈S,π,R1,...,Rm〉

ここで、Sは状態の空でない集合、πは各状態における命題の真理値の付値である。Riは到達可能関係であり、1≦i≦mである。このiはagentを表し、i=1ならば一人の人間を考えていることになる。そこで、可能世界はクリプキ・モデルMと状態sの組(M,s)として表される。 到達可能関係(s, t) ∈Riは次のように解釈される。すなわち、agent iは世界(M,s)において、世界(M,t)を可能な世界と考える。

次に、世界(M,s)において真となる論理式について定義する。いま、w |= φを世界wにおいてφが真であると定義すると、agent iが世界(M,s)においてφが成り立つことを知っている、ということは次のように表される。

 (M,s) |= Kiφ ⇔ (s, t) ∈Ri となるすべてのtに対して (M,t)|= φ

クリプキ・モデルの具体例をあげてみよう。いま、M=〈S,π,RA,RB〉、S={s1, s2, s3, s4}とし、各状態で命題への真理値の付値と到達可能関係RA(細い矢印)とRB(太い矢印)を図2のようにする。各状態においてそれ自身の状態へも到達可能とする。このクリプキ・モデルMおいて以下の言明が成り立つことを見ていこう。

図2
   (M,s1) |= KAp

agent Aがs1において到達可能な状態はs1、s2、s4であり、そのすべての状態において命題pが真であるから、この言明は成り立つ。

   (M,s1) |= ¬KBq

agent Bがs1において到達可能な状態はs1、s3、s4である。s1、s3において命題qは真であるが、s4において命題qは僞であるから、agent Bは命題qが成り立つことを知らないことになる。

4. 知らないということを知っているとは

さて、情報検索は、検索者が情報要求をもつことで生じるが、この情報要求をもつことはどのように考えられるであろうか。情報要求をもつということは、ある事柄について知りたいということである。ある事柄について知りたいと思うためには、その事柄について知らないことが条件であろうが、それだけでなく、その事柄について知らないということを知らなければならない。いま、ある事柄をqとすれば、その事柄について知らないということを知っている、ということは次のように表される。

   KA¬KAq

図2に戻ってこの式がもつ意味を明らかにしていこう。いま、図2で与えられるクリプキ・モデルMを考える。そこで、状態s1にいる検索者Aが命題qについて知らないということを知っているという言明は次のようになる。

   (M,s1) |= KA¬KAq

状態s1にいるAが¬KAqを知っているということが成り立つためには、到達可能な状態s1、s2、s4のすべての状態において¬KAqであることが成り立たなければならない。

すなわち、つぎの3つの言明が成り立てばよい。

             (M,s1) |= ¬KA
             (M,s2) |= ¬KA
             (M,s4) |= ¬KA

以下、各言明が成り立つことを示そう。 s1から到達可能な状態はs1、s2 s4である。s1とs2においてqは成り立つが、s4においてqが成り立たないので、Aはqについて知らないことになる。

s2から到達可能な状態はs2、s4であるが、s4においてqが成り立たないので、Aはqについて知らないことになる。

s4から到達可能な状態はs4のみであり、s4においてqが成り立たないので、Aはqについて知らないことになる。

以上により、(M,s1) |= KA¬KAq が成り立つことがわかる。

さて、ある事柄を知らなければ、その事柄を知らないということを知っている、を公理として導入したのが体系S5である。すなわち、

(A5) ¬Kiφ → Ki¬Kiφ

この体系S5においては、同時に次の式も公理として含まれている。

(A3) Kiφ → φ

すなわち、知られている事実は真である。

(A4) Kiφ → KiKiφ

すなわち、あるagentは自分がある事柄を知っているということを知っている。

このような公理を使えば、たとえば次のような式が得られる。

(A3)より、

    S5 |− K¬K¬φ → ¬K¬φ

(A5)より、

    S5 |− ¬K¬φ → K¬K¬φ  

この体系S5において式φが証明可能であると、次のような到達可能関係を有するクリプキ・モデルMにおいて式φが成り立つ。すなわち、Rが同値関係(反射的、推移的、対称的)であるような到達可能関係をもつすべてのクリプキ・モデルS5においてである。たとえば、上記の¬K¬φ → K¬K¬φがS5において成り立つことを示す。

そこで、s∈Sに対して (M,s) |= ¬K¬φ → K¬K¬φを示す。任意のs∈Sに対して(M,s)|= ¬K¬φが成り立つとする。これは、(M,t) |= φが成り立つようなR(s,t)となるtが存在することを意味する。(M,s) |= K¬K¬φが成り立つためには、R(s,u)となるすべてのuに対して、(M,u) |= ¬K¬φが成り立つことを示せばよい。ところで、Rは同値関係であるから、R(u,t)であり、(M,t) |= φであるから、(M,u) |= ¬K¬φとなる。

5. 情報検索への知識の論理の応用可能性

知識の論理は、情報検索のさまざまな領域に応用可能である。検索者である利用者の知識状態についていえば、ある事柄を知らないという状態から知っているという状態に変えることが、情報検索の目的であろう。すなわち、いま検索者である利用者をu、知りたい事柄をφとすれば、以上のことは次のように表現できる。

   ある事柄を知らない: 	Ku¬Kuφ
 
       ↓
 
   ある事柄を知っている:  KuKuφ

そこで、検索システムと利用者とのやりとりは、次のようになる。利用者の知らないという状態を検索システムに伝える段階は、利用者がある事柄を知らないという状態を検索システムが認識し、それを利用者が認識するまで続けられる。次に、システム側から利用者に知りたい事柄を伝える段階は、利用者がその事柄を知っている状態をシステムが認識するまで続けられる。すなわち、検索システムをsとすれば、このようなやり取りは次のようになる。

 利用者からシステムへ: send ¬Kuφ until KuKs¬Kuφ
 システムから利用者へ: send φ until KsKuφ

6. おわりに

本稿では、知識の論理のごく基礎的な部分をとりあげたにすぎない。また、情報検索への応用についても多岐にわたるなかで、きわめて単純化した範囲を取り上げたにすぎない。たとえば、知識源となるデータベースについては、新たに取り込まれる知識(論理式)が既存の知識(論理式)の集合の無矛盾性に反しないものであるかどうかが問題になろう。

情報検索というものが、人間を抜きにして考えられない以上、人間の知識・認識や信念の論理は情報検索研究の理論的基礎を提供するであろうし、そもそも情報検索研究自体が知識の研究抜きには成り立たないように思われる。

引用文献

最終更新日: 2018-04-27 (金) 11:32:57

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